尚志館の歴史

 旧篠山藩主直系青山忠誠氏が育英方向の理念に燃え、明治8年(1875年)、国家有用の人材を養成するため、郷里の優秀な子弟を赤坂の自邸に起居させ、勉強させたのが始まりである。
 その後数度の増改築を経、また経営主体も篠山懐旧会、社団法人篠山育才会、同多紀育才会と変移し、昭和32年8月篠山関係者の寄附と文部省の補助金、住宅金融公庫の借入金により現在の建築が竣工した。
 同時に入館者の対象を多紀郡の縁故者のみに限らず兵庫県全県下に開放したので、経営主体の名称も社団法人兵庫県育才会と改め、寮名を兵庫県学生寮「尚志館」と称することとなった。
 次いで昭和34年兵庫県よりの建設補助金と県下はむろん全国の縁故者よりの寄附を得て今日に至った。
 創設以来多くのすぐれた人物を輩出し、その人たちが引き継いで伝統ある学寮を盛りたてている。

運営方針

 尚志館は、初めて上京して不案内な東京で修学する学生の皆さんのために、その不安を少しでも軽減し、学業に専念できる場を提供することが本来の趣旨であり、そのために努力を傾けている。
 従って、諸事不案内な学生の皆さんをできるだけ多く収容するため、在館は原則として2年生までとしている。
 但し、諸般の事情によっては、3年以降の在館が認められることもあるが、その際は別に定める規則に従うものとする。

館生の心得

  1. 館生は尚志館の沿革と設立の趣旨を認識し、館はあくまでも修学の場であると心得、誇りと自覚をもって勉学に専念すること。
  2. 館生は館長の指導に従う。
    指導に従わない者、他の勉学の妨げとなる者、諸費用を滞納する者など、生活態度が館生として相応しくない者、非社会的行為により館及び館生の名誉を著しく傷つけた者は、退館を命じられる。
  3. 館内での麻雀(用具の所持も認めない)、居室内での喫煙・飲酒は禁止。
  4. 館生は各自の居室はもとより、館内外の整理整頓に努めること。
  5. 館内外の施設・設備・物品を大切に扱い、万一過失により破損・汚損した時は、その弁償の責めを負う。
    特に失火等重大な過失により館に損害を与えた時は、本人並びに保証人が連帯してその全責任を負わなければならない。
  6. 館生外の者を自室に宿泊させることはできない。
    万一止むを得ない事情のある場合は事前に館長に申し出て、その許可を得なければならない。
  7. 在館許可は原則として2年生までとし、諸般の事情によって継続して在館を希望する者は、改めて出願し、選考を受けなければならない。
    許可された時は、所定の費用を指定された期日までに納入しなければならない。
  8. その他、館則・生活細則を遵守しなければならない。